1.退職勧奨の流れと、最低限押さえておきたい知識とは。
① 従業員の合意を得るための退職勧奨の進め方
会社が従業員に退職勧奨を行うには様々な進め方がありますが、基本として、会社は従業員との退職の合意に至るため、退職に向けたインセンティブ(残留した場合のデメリットと、退職した場合のメリット)を示して退職勧奨を行うこととなります。従業員が退職勧奨に応じず残留した場合のデメリットの例をあげますと、このまま勤務を続けても現状、会社からの評価が低く、覆すのは難しいということ。希望するポジションで勤務できる可能性は低いということなどです。また、従業員が退職勧奨に応じて退職した場合のメリットの例をあげますと、退職金に特別の加算を行うということ、再就職先のあっせんを行うこと、有給の求職休暇を与えることなどです。いずれも、会社側から示すもので、会社の人事制度や体制、あるいは経済的余裕、従業員の立場や、退職してもらう必要性などにより、条件が考慮されます。結果として従業員が退職勧奨に応じる意思が固まった場合、その締めくくりとして退職に関する合意書または退職届を出してもらうようにします。ここでは大まかな交渉の進め方を述べるに留めましたが、実際の退職勧奨は従業員の一人一人と向き合う場であり、イレギュラーなことも多く起こり得ます。下記に詳述していますが、最低限、退職勧奨を行う過程で「退職強要」とされるような手法や、解雇と受け取られるような言動を行ってはいけません。
退職勧奨と解雇の違いを表にすると以下の通りとなります。
退職勧奨 | 解雇 | |
行う場合の根拠 | とくになし | 就業規則による |
成立の要件 | 双方の合意 | 会社から従業員への通告 |
実施の時期 | 自由 | 就業規則による |
解雇予告(30日前)が必要か | 不要 | 必要 |
無効となる場合 | 合意の際に退職強要など不法行為があった場合 | 客観的に合理的な理由を欠き、社会通念上相当であると認められない場合 |
退職の条件 | 双方の合意により決定 | 会社都合退職 |
② 行き過ぎた退職勧奨は無効、そして損害賠償の対象になってしまう
会社から従業員に対して行う退職勧奨がとくに「社会通念上の限度」を超えて行われるケースを「退職強要」といい、会社が従業員から訴訟を起こされ、不法行為(従業員の人格権を侵害した)あるいは債務不履行(従業員が意に反して退職することのないよう職場環境を整備すべき義務を果たしていない)として、損害賠償の支払いを命令されることがあります。また、従業員が退職勧奨に応じ、退職の意思表示をしたとしても、「退職強要」とされると、退職の意思表示がのちに無効あるいは取消の対象となる場合があります。たとえば、退職勧奨に応じる他の選択がないと従業員に誤認させた結果、退職に至ったケースです。この場合は民法による「錯誤」または「詐欺」にあたり、退職の意思表示は無効あるいは取消の対象となります。また、退職の意思表示が会社側の有形無形の圧力によってやむを得ずなされたものである場合、退職の意思表示は民法による「錯誤」、「詐欺」または「強迫」(相手に畏怖を感じさせ、それによって意思表示を行わせること)として無効または取消の対象となります。会社としては、退職勧奨を行う際に「退職強要」を行わないよう注意して臨む必要があります。
以下のようなケースが「退職強要」にあたります。
A. 退職勧奨の期間、頻度が社会通念上の限度を超える場合
・退職勧奨をきわめて多数回、かつ長期にわたって執拗に行う
・退職勧奨に応じない意思を明確に示したにもかかわらず、勧奨を続ける
B. 従業員の職場環境の悪化、あるいは人格権の侵害が行われる場合
・退職させる意図をもって、他の従業員の前でことさら叱責する
・退職させる意図をもって、業務に必要ない作業、あるいは過酷な作業に従事させる
・退職させる意図をもって、長時間部屋に押しとどめる
・退職させる意図をもって、無視する、仕事を回さないなどの嫌がらせを行う
・大声を出したり、強権的、権威的、命令的な言動で退職勧奨を行う
C. 従業員に退職勧奨に応じる他の選択がないと誤認させた場合
・退職届を提出しなければ懲戒解雇になるといって退職勧奨を行う
・大幅な減給を受け入れるか、退職するかの選択を迫る
・転勤の余地があるのに検討せず、事業所の閉鎖を理由として退職勧奨を行う
2.退職勧奨を行う際の人選と、応じない者に会社がとるべきスタンスとは。
① 退職勧奨を行う対象者の人選が問題となるケース
退職勧奨は法的な効果がない故に、いつでも会社は自由に行うことができるというのが一つの売りとなっていますが、退職勧奨の対象者の人選が問題とされる場合があります。例えば、対象者の人選が恣意的で偏っている場合や、一般通念上、到底認められないような場合です。そのような場合は「退職強要」の一種として、退職の意思表示が無効とされたり、従業員側から損害賠償責任を追及される可能性が出てきます。そもそも、退職勧奨を行う過程において、従業員を説得する上でも、なぜ、その人が対象となったかということを説明する必要は出てくるため、退職勧奨の対象者の人選にはある程度合理的な理由が必要といえます。この合理的な理由の目安ですが、抜き打ちで退職勧奨を行う際は指名解雇に準じ、「人事考課などの結果を踏まえ、その時点で行っている仕事を含め、社内に適するポジションがないため、退職勧奨の対象とする」といった程度、グループを対象に退職勧奨を行う際は整理解雇に準じ、「特定の事業部門の閉鎖やポジションの廃止に伴い、退職勧奨の対象とする」といった程度でよいと考えます。
退職勧奨を行う際、以下のような理由による人選は法的に問題があります。
・女性だけを退職勧奨とすること(男女雇用機会均等法違反)
・産前産後休業を取得したことを理由とし、退職勧奨をすること(男女雇用機会均等法違反)
・育児休業を取得したことを理由とし、退職勧奨をすること(育児・介護休業法違反)
・労働組合員であることを理由に退職勧奨をすること(労働組合法違反)
・労働組合での正当な活動を理由に退職勧奨をすること(労働組合法違反)
② 退職勧奨に応じない従業員にどの様に対応するか
従業員が退職勧奨に応じないことを理由に直ちに解雇を行うことはできませんが、他にその従業員を解雇すべき理由があれば解雇が可能となる場合があります。たとえば、人員削減のために整理解雇を行わざるを得ないような経営状況の場合です。整理解雇を回避するために、あらかじめ希望退職の募集や退職勧奨を行ったものの、退職者数が必要な水準に未達であり、結果として整理解雇に踏み切ったというような場合においては、裁判の場において解雇が認められた事例があります。また、退職勧奨に応じない従業員のパフォーマンスが低いことを理由として、解雇とできるかについては、能力不足や協調性欠如、他の従業員への悪影響を示す客観的な証拠があれば、通常の解雇が認められる場合があります。これらについては、「客観的に合理的な理由」があり、「社会通念上相当と認められる」かどうかが厳しく問われるため、会社としては、できれば従業員に退職勧奨に応じてもらいたいところです。退職勧奨に応じない従業員に(腹いせもあり)会社が不利益な扱いを行うことがありますが、業務上の必要がない、嫌がらせを目的として配置転換を命じた場合や、とくに根拠がないのにかかわらず、降格や減給を行った場合について、過去の裁判において会社が行った命令や処分は違法と判断されています。もっとも、退職勧奨に応じない従業員であっても必要以上に配慮することはなく、業務上の必要があれば配置転換を行うことはでき、また、人事制度の通常の運用によって低い評価がなされ、結果として降格や降給、賞与額の減少などがなされるのであれば、法的に全く問題はなく、そこが会社としての落としどころともいえるでしょう。
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