1.解雇が認められる重大な経歴詐称とはどの程度のものか?
① 学歴詐称による解雇の基準
過去の判例によると、使用者が以下のような採用基準または人員配置の基準を設けているケースにおいて、学歴詐称により、労働力の適正な配置を誤らせ、企業秩序を損なうとして、労働者に対する解雇が有効とされています。
・学歴を明確な採用基準としている場合(たとえば「大学卒以上」など)
・特定の学歴を重視している場合(「中学卒のみ」「工業高校卒」など)
・学歴により職務・職能(資格)を決定している場合
学歴については高く詐称する場合のみならず、低く詐称する場合にも解雇が認められており、採用条件として高卒以下であることを確固たる方針としていた企業において、短大卒を高卒と偽って入社した労働者に対する懲戒解雇を有効と認めた判例(スーパーバック事件 東京地判S55.2.15)もあります。ただし、採用基準における学歴の位置づけが明確でない場合や、卒業した大学や学部(学科)が労働力の評価に影響がない程度であれば、解雇は認められません。
② 職歴詐称による解雇の基準
職歴は使用者がその労働者を採用するかどうかの決定的な動機となる事情であり、採用後の仕事の内容や賃金など労働条件の決定に大きく影響するものです。その業務の経験がないのにかかわらず、あるかのように誤認させ、高額な賃金を不当に得ていたなどの事情がある場合には、使用者に対する詐欺行為に該当し、懲戒解雇とすることも充分に可能と考えられます。あるいは、一貫して未経験者を採用する方針をとっていた使用者に対し、経験者であるにもかかわらず、未経験と偽って採用された場合には、企業秩序を損なうとして、解雇が有効と判断される傾向があります。採用時により具体的な職務経歴(従事したプロジェクトの内容や職務、地位などの詳細)については積極的に質問をしない限りは労働者側に申告の義務はなく、のちのち使用者が質問をしなかったことに関して責任を問うことはできないという点には注意をしておく必要があります。
③ 犯罪歴詐称による解雇の基準
使用者としては犯罪歴のある労働者を採用したくないと考えるケースもありますが、労働者は「特段の事情」のない限りはすでに刑が消滅(刑の執行を終わり、禁固刑以上については10年、罰金刑以下については5年)している前科、刑事事件により起訴されていること、起訴猶予事案などの前歴まで告知する義務はなく、使用者側から犯罪歴を具体的に質問していかねばなりません。また、一般的な履歴書には賞罰の欄がありますが、この「罰」について、労働者は執行猶予を含む懲役刑以上を記載すればよいものとされていることは覚えておくべきでしょう(最近の履歴書には賞罰の欄がないものもあります)。なお、特に労働力の評価に重大な影響を及ぼさざるを得ないといった「特段の事情」があれば、労働者は告知する義務があるとされており、たとえば、女性が多数働いている職場における男性従業員の性犯罪による逮捕歴、バス運転手が過去に飲酒運転により逮捕された事案、経理担当者が金銭横領により告発された事案などを隠して入社した場合、犯罪歴詐称による解雇が認められることとなります。
④ 健康状態詐称による解雇の基準
会社が採用にあたって健康状態について質問を行った際、労働者が持病について真実を告知せず、持病があることを知っていたならば採用しなかった程度となれば、解雇として差し支えないと考えられます。とくに近年は、健康状態についてしばしばメンタルヘルス(うつ病など)が問題となっており、その場合には通院歴や服薬の状況などを確認するとよいでしょう。ただし、入社後に健康状態の詐称が発覚した場合に解雇できるかというと、従事する業務に耐えられる程度かが問題となります。労働契約に定められた範囲で作業内容を変更して勤務を継続することができる場合には、解雇とする客観的かつ合理的な理由があるとまでは言えず、解雇無効とされる可能性が高くなります。
2.会社が経歴詐称により解雇を行う際に注意すべき点とは?
① 経歴詐称を理由に懲戒解雇とするには就業規則の定めが必要
重大な経歴詐称は、労働者が会社に対して労働力の評価を誤らせる詐欺行為とも言え、会社は労働契約の取消としての解雇を行うことができます。ただし、これを懲戒罰としての懲戒解雇にしようとすると、あらかじめ就業規則などにその要件を明示しておくことが必要となります。懲戒解雇とした場合には、退職金の支払額が大幅に減額される、雇用保険の失業給付に受給制限かがかるなど、通常の退職と比べて一般的に不利な取り扱いとなります。懲戒解雇以外の解雇については、労働契約を継続することができない客観的かつ合理的な理由があることにより、普通解雇として扱うこととなります。いずれの場合にせよ、労働者の責に帰すべき事由(採用条件の要素となる経歴を詐称した場合)につき所轄労働基準監督署の認定を受けた場合、解雇予告または解雇予告手当が不要となりますが、この認定は法的な(懲戒)解雇の効力を担保するものではなく、解雇が法的に有効かは裁判をしてみないとわからない面もあります。
② 採用の条件となる事項についてはもれなく申告を求めていく
会社が労働者の採用を判断するため、事実について必要かつ合理的な範囲で申告を求めることができ、その際に労働者は信義則上、真実を告知すべき義務を負うとされています。しかし、この義務により不利益な事実を自発的に申告する必要まではなく、求められた場合に真実を申告する程度とされています。つまり、採用の条件として定められていた事項であっても、労働者に資料の提出もしくは申告を求め、内容に会社の判断を誤らせるような表現(虚偽もしくは意図的にあいまいに表現した点)がなければ、経歴詐称としてその責任を追及することはできません。会社としては、採用時にもれなく労働者に採用を判断するための材料について申告を求めていく必要があるということになります。中途採用の場合には前職にて従事した業務内容、退職理由などを確認すべく、退職証明書を求める取り扱いも有効です(取得できない場合にはトラブルがあったと考えてもよいでしょう)。
③ 経歴詐称があっても、支障なく勤務を続ければ解雇はできなくなる
経歴詐称によって採用された場合であっても、その後の勤務態度が良好であるような場合、労働契約の目的となる職務の遂行に支障はなく、また、企業秩序を損なうこともないとして、もはや会社に対して積極的に労働力の評価を誤らせる詐欺行為とはいえず、解雇を行う客観的かつ合理的な理由がないとされる場合があります。この場合には、採用後の期間の経過と勤務に対する評価が問題となり、経歴詐称があったものの、試用期間を経てともかく当該従業員を本採用としたのであるから、当該従業員の詐欺によって会社は労働契約における重要な要素の錯誤に陥っていないとした裁判例(第一化成事件 東京地判H20.6.10)もあります。経歴に疑問があった場合、試用期間中の早い段階で確認をすることが必要といえましょう。
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