1.能力不足による解雇を行う際の手順
① 能力不足の客観的証拠を収集する
一概に能力不足といっても、実際には会社側の主観的評価によるところが多く、合理的な能力不足の証拠を挙げ、第三者に明確に説明することができるケースはあまり多くありません。そもそも、日々の勤務成績および勤務態度が積み重なって能力不足という評価になるわけで、最初から解雇しようと意識を持って証拠を集めることはしないかと思います。とにかく、従業員の能力不足を問題とする場合、日々の勤務成績および勤務態度において、労働契約上の義務が果たされていない(低パフォーマンスの)証拠を収集するところから始めねばなりません。そこで、何をもって能力不足の客観的証拠とするかですが、日々の仕事における営業成績(売上や利益額、獲得件数)、担当する作業の処理状況(質・量・速)、顧客および上司、同僚からのクレーム、会社や顧客に損害を及ぼす具体的危険性など、数値化または具体化したデータの積み重ねが裁判などにおいても判断材料となります。
なお、日々の勤務成績および勤務態度を評価する際の前提として、以下のようなフェアな対応が行われている必要があります。
・業務を遂行する基礎となる教育訓練・研修は実施されていた
・会社および周囲は通常通りの業務遂行および伝達・支援を行った
・外部要因によらず、従業員本人の実力による結果である
・他の従業員への対応・評価と整合がとれている
※幹部社員または高度専門職など、労働契約において仕事の内容や成果が規定されている場合、本人の責任により業務を遂行する部分が大きくなり、会社が行うべき支援の程度は軽減されることとなります。
② 能力不足の従業員には教育訓練や配置転換が必要
能力不足と評価された従業員については、労働契約においてどの程度地位および責任が規定されているかにより、解雇を行う前に、その従業員の能力不足の状態を解消(解雇を回避)すべく、会社の採るべき対応の程度が異なります。具体的には以下の通り、従業員の地位および責任が高くなると、それにつれて会社がフォローする必要も少なくなってくるイメージです。
地位・責任 待遇 | 労働契約の種類 | 解雇を行う前に会社が実施するべき措置 | フォローの程度 |
地位および責任が規定された労働契約の場合 (幹部社員または高度専門職) | 成果・能力が労働契約により要求される水準に明らかに不足する場合、解雇が認められやすいといえます。成果・能力不足が軽微な場合ですと、会社の支援や教育訓練によりサポートする必要があります。また、労働契約により「営業本部長」「チーフエンジニア」など地位が明確に規定されている場合、他職務への配置転換は不要です(労働条件がその地位および責任を前提としているため)。 | ||
職務が規定された労働契約の場合 (専門職) | 能力が労働契約により要求される水準に明らかに不足する場合、解雇が認められる場合があります。能力不足が軽微な場合ですと、会社の支援や教育訓練によりサポートする必要があります。また、労働契約により職務が「営業」「経理」などに限定され、配置転換を行わない旨の規定がされている場合、他職務への配置転換は不要です(労働条件がその職務を行うことを前提としているため)。 | ||
通常の労働契約の場合 (一般社員) | 解雇を回避することが前提となります。能力の伸長を図るための教育訓練、および他職務への配置転換を行い、何らかの形で社内で活用することを検討しなければなりません。 |
2.どのような状態で能力不足解雇が認められるのか?
① 能力不足のうえ、改善の見込みが無い状態であること
会社が労働契約の内容により必要とされる措置を講じたうえで、なお能力不足の状態が改善しない場合、ようやく解雇が認められることとなります。しかしながら、過去の裁判例(セガ・エンタープライゼス事件 東京地判H11.10.15)によると、会社側は解雇が妥当と認められるために、相当、困難な立証を課せられています。社内の人事考課において下位10%の成績が5年間続いた社員を解雇とした件につき、「(従業員の能力が)平均的な水準に達していないというだけでは不充分であり、著しく労働能力が劣り、しかも向上の見込みがないときでなければならない」とのことから、能力不足を理由とした解雇は無効と判断されました。実際に能力不足を理由として従業員を解雇しようとすると、労働契約の債務不履行を立証する場合はまだしも、解雇が必要となる客観的に合理的な理由の存在を「著しく労働能力が劣り、しかも向上の見込みがない」といったところまで求められる場合、会社側が立証するのは相当困難となります。
② 能力不足を立証するには日頃からの積み重ねが必要
もし、従業員が「著しく労働能力が劣り、しかも向上の見込みがない」ことを会社側が立証しようとするならば、日頃から、上司が行う指導・改善命令を可能な限り記録に残る方法(メールや文書)で行うとともに、部下からのレスポンスや業務内容の報告についても記録に残る方法で行わせるようにしておきます。これにより、もし、上司が繰り返し指導を行ってスキルの改善を求めたが全く向上の気配がない、上司の指導命令に対して反抗的な態度をとり、指導に従わないなど、労動者が誠実に業務を遂行する意欲が感じられないといった事実が見られれば、「著しく労働能力が劣り、しかも向上の見込みがない」ことを立証するための材料となります。
③ 能力不足の従業員に退職してもらう方法
能力不足を理由に従業員を解雇するには、従業員と労働契約を締結する際、地位および責任、職務や、その職務を遂行するために必要な一定の能力、経験、スキルをより具体的に明示することが有効です。これにより、能力不足を立証する際のポイントが明確かつ容易となります。なお、労働契約の内容に加え、報酬の高低により、その職務に要求されるパフォーマンスの水準が(世間相場などとの見合いで)判断される場合もあるので、注意が必要です。また、労働契約において配置転換を行わない旨の定めがあれば、その定めも一応有効となり、会社は能力不足による解雇を判断する際、他職務への転換を図る義務が軽減されるとみられます。これでも難しいということであれば、解雇をあきらめて退職勧奨を検討するのがよいでしょう。契約時からの対応を考えるのであれば、有期雇用契約とするか、試用期間を活用するのも有効です。
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