1.退職時に引き継ぎをしない社員に制裁はできるか?
① 無断欠勤を理由に懲戒解雇とできるか
社員が退職するとなると業務の引き継ぎや代替要員の確保が必要となるため、多くの会社では自己都合による退職の場合は1~2ヶ月前までに退職届を提出するようにと、就業規則などの中で定めています。 しかし、それは会社が一方的に定めたルールに過ぎず、必ずしも拘束力はありません。 実際には民法第627条1項により、労働者が退職する際は2週間前までに申し出ればよいとされ、裁判などになると就業規則の定めに優先することになっています。 つまり、一般的な正社員の「期間の定めのない労働契約」の場合、社員は就業規則の定めにかかわらず、会社側の承諾がなくても、退職を申し出てから2週間を経過した時点で退職できるということです。 一方、会社側としては、退職の申し出を受理していたとしても、退職の効果が発生する2週間を経過するまでは、退職の申し出の受理の撤回を行い、改めて懲戒解雇を言い渡すことはできます(2週間を過ぎると労働契約が終了するために懲戒解雇の余地もなくなります)。 とはいえ、懲戒解雇は就業規則の中でも最も重い制裁規定で、明らかに違法行為を行ったなど、社会常識からみてもなるほどと誰もが納得できるほどの合理的な理由がない限りは認められません。 今回のケースのように無断欠勤をしたという一事をもって懲戒解雇となると、無断欠勤の期間が2週間以上あったかというのが、裁判などの際に認められる目安となるため、退職日までのスケジュール的に難しいのではないでしょうか。ちなみに、退職時に引き継ぎをしないことを理由に懲戒解雇とすることはまず認められません。
② 引き継ぎをしないことを理由に退職金を支給しないことはできるか
社員が退職した際に退職金を支払うことは、法律で義務づけられてはいないので、そうした制度や慣行がない会社では、社員が当然のように退職金を請求することはできません。 しかし、退職金を支払う制度や慣行がある会社ですと、そうはいきません。 在職年数や退職理由等によりあらかじめ定められた額を満額支給するというのが原則で、退職金の減額、不支給を行うというのはあくまで例外的措置となります。そうした中で退職金を不支給とするには、在職中の功績がすべて減殺されるほどの、よほど会社に不利益を及ぼす行為が発覚した場合に限られます。 裁判などでは、業務の引き継ぎをしなかったことが、よほど会社に不利益を及ぼす行為とまで認められることはまずありません。 会社としてできるのは、あらかじめ、退職金規程の退職金満額支給の要件に「業務の引き継ぎを完了すること」といった条項を入れておくことで、少しでも退職金の減額が認められやすくしておくことくらいでしょう。これが抑止力となって、引き継ぎに協力してもらえるのであれば、それに越したことはありません。
2.なんとか引き継ぎに協力してもらうことはできるか?
① 引き継ぎを強制することの限界
社員は退職を申し出てから2週間を経過すれば退職する事ができると先ほどご説明しましたが、この2週間の間に有給休暇を取得したいと申し出てきたらどうでしょうか。 有給休暇を取得する権利は退職日になると消滅してしまうため、この申し出をむげに断るのは難しいでしょう。 では、風邪をひいたといって欠勤した場合はどうでしょうか。 あるいはご質問のケースのように無断欠勤をしたらどうでしょうか。 無断欠勤をしたならば就業規則等の定めによって減給の制裁や退職金の減額を行うことができる場合もありますが、いずれにせよ肝心な業務の引き継ぎをやってもらうことができません。 何が言いたいかというと、こういうケースで、退職の決まった社員がいくら業務の引き継ぎを怠ったからといっても、肝心の本人がいなくなってしまえばそれまでで、会社側にそれをやらせるだけの強制力はないということです。
② 引き継ぎがどうしても必要ならば、お願いするしかない
極論してしまえば、退職を決め込んだ社員の立場はある意味、強いということ。 それゆえに会社の言うことを聞いてもらうのには非常に難しいものがあります。 どうしても必要な場合には、会社は社員に頭を下げ、有利な条件を提示して引き継ぎをやってもらうということになります。 社員に引き継ぎを依頼する際に会社が提示できる交渉材料には、退職金の増額や有給休暇の買い取り、合意による退職理由の変更などが考えられます。 皮肉なことに、引き継ぎをしないなら退職金を支払いたくないと考えていたのが、逆にインセンティブを支払ってでも引き継ぎをしてもらいたいという状況でもあるわけです。 とにかく、上手に交渉して業務に支障を来さないよう努めるべきでしょう。
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